大谷石の産地を訪ねる

□ 岩山を見ながら考え

家づくり学校の生徒たちと大谷石の産地を訪れました。栃木県、那須から鹿沼市、宇都宮市にかけては大谷石の一大産地です。大谷石は火山灰や砂礫が沈殿して凝固した軽石凝灰岩の一種。耐火性があり、柔らかく加工しやすいため、江戸時代からから住宅の基礎、外壁、塀、屋根などに使われてきました。一口に大谷石といっても、産地によって微妙に色や性質が違うため、呼び名もそれぞれ芦野石、深岩石、徳次郎石などと異ってきます。

案内人である石材屋「深大」を営む栃木の石の生き字引、植松時四郎さんと共にまず向かったのは、芦野石と深岩石の採掘場。岩山を掘削していく「露天掘り」の現場です。ここで切り出される石のサイズは300×300×900mmが基本。機械で切り出すことのできる最大の大きさであり、モジュールとなっています。昔はこれをクサビやツルハシを使い、人力で切り出していたといいます。こつこつと何十年にも渡って人の手によるくさびの跡が刻まれた岩山の造形には圧倒さます。

次に訪れた大谷石の採掘場では、地中深く掘削していく「地下掘り」が行われています。地下50メートルで作業が進行中の現場まで、ヘルメットを被り、単管足場で組まれた階段をおっかなびっくり降りていきます。大谷石のゼオライト効果なのでしょうか、四方が石に囲まれた地下現場は、ひんやりとした清涼感が漂っていました。 今では機械で切り出した石はモーターウィンチによって吊り上げられるが、昔は当然人が背負って運んでいました。現在のモジュールの210kgよりはさすがに軽いものの、その約2/3ほどの重さを持って狭くて長い階段を上がっていたのです。体を張って自然の恵みを得ることで、建築はつくられているのです。

大谷石は昭和30年代までは盛んに使われ、いくらでも稼げるような全盛時代でした。しかし現在はコンクリートブロックやタイルなど工業生産品が出回り、また流通やコストの関係で輸入石材にその座を奪われてしまいました。また一部での乱掘によって陥没事故も発生したことも影響し、一時期は180軒を誇った業者は、今では6軒に落ち込んでしまいました。 でも実際現場に来てみると、日々採掘は行われ、周囲には原石がゴロゴロ転がっています。採掘場の社長小林さんは「45メートルほど掘り進めて、ようやくいい石が出る地盤まできた。これからよい石がどんどん出るでしょう」と胸を張って、今後の掘削計画図面を見せてくれました。そして大谷石や芦野石を使用した実例、渡辺明設計の「二期倶楽部」と、石づくりの民家や蔵などが点在する徳次郎町西根地区を訪ねました。自然素材はどっしりしていて、時間と共にコケなどが生えて深みを増し、建物と自然な融和を生み出していました。

採掘場のすぐ横には加工場があります。岩山を見ながらイメージを膨らませ材料を探し、その場でサンプルをつくってみることも、ここでは可能なのです。 大谷石は柔らかくいろんな形状に加工できるので、サイズを指定し床や壁の仕上げ材として使うのはもちろん、オリジナルの見切り材や家具の天板、窓枠などをつくってみることだってできるのです。また 耐火性に優れているので、薪ストーブの炉台、蓄熱板にも使用できます。 そして採掘場には、ひび割れや欠けによって売物にならなかった材料が大量に山積みされています。それらも不正規な形をそのまま生かすなど、使い方やアイデア次第で蘇る。そう考えると、設計者にとっては宝の山なのです。 大谷石はその感触や重さ、性質などそのモノ自体に存在感があります。しかし組み合わせやディテールなど、自分のものとしていかないことには使いこなせない。素材の産地を歩き手に取り感触を確かめ、職人さんと話し、山の一部が建築となっていくことを想像しながら設計し、実際に使ってみる。そんな積み重ねが、ものづくりの原点となってきます。 植松さん曰く「設計者が山に来て、材料を探しつくったものは無理なく、しっくりできているねぇ」と。

住宅特集記事より