「左官の現場探訪」
■ 手仕事による多様性や味わい。
家づくり学校の生徒たちと、東京中野区にある左官のメッカと言われている「富沢建材」を訪ねました。ここにはあらゆる種類の左官材料が揃えてあり、全国のカリスマ職人と呼ばれる人達が集まってくるといわれます。
富沢建材の冨澤英一さん、跡形を残さず忍びのように見事な仕事をする「忍者左官」こと小沼充さん、伝統的な枠組みを飛び超え、軍手など使いあらゆる方法で、土を自在に使いこなす植田俊彦さん、現代の左官界をリードする職人さんたちのお話を伺いました。
左官は、大きく土ものと漆喰ものに分けられます。
土ものの基本材料は土+砂+ワラ(スサ)+糊(海草)と単純で、それらを調合し水でこねます。粘土質の土で強度を出し、砂で調整、ワラで繋ぎ、糊で固めるという訳です。
しかし、たかが土といっても白土、黄土、錆土、黒泥土、聚楽土とその種類は多く産地によっても色や粒子の大きさが違ってきます。繋ぎのワラも、米ワラや麻ワラ、短く刻まれたもの、あく抜きされたものと様々です。そして左官職人たちは、土を練ったり舐めたり「あまい、からい」などと言いながら独自のやり方で配合してゆきます。材料の組み合わせ、職人の塗り方や手加減、塩梅で左官の世界は無限に広がってゆくのです。
漆喰ものは、石灰石を焼いてできた生石灰に水を加え、水和反応させた消石灰が主原料となります。防水性や不燃性が優れているため、古くから城壁や蔵などで馴染みがある素材です。先ずは、漆喰の作り方から見学することとなりました。水の入ったバケツに生石灰を入れると、ゴボゴボと音を出しながら水が100℃近くまで発熱し反応が始まります。湯気をあげながら生石灰がどろりとした消石灰に変化します。そんな場面に立ち会うと土も生きているのだと感じ、自然の不思議な力を実感します。また最初にこのような方法を発見し、素材をつくり出した先人たちのことを思うと感慨深くなります。
そしてそれらを塗る道具にも独特の世界があるのです。金槌やノコギリがタッカーや電ノコと、大工道具が時代とともに変ってきたのに対し、左官の道具だけはあまり進化していないといわれます。左官鏝は今も鍛冶屋が叩きだし、千丁を超える鏝を持っている職人もいるとのことです。それだけ人の手と素材が直結し、感覚を大切にしている仕事ということなのです。
早速、30cm角の板に土ものと漆喰ものを自分たちで塗ってみようという左官世界のほんの入り口部分を体験することとなりました。小さな面積だけど、これがなかなか上手く平滑に塗れません。手の動きがそのまま仕上げとなってしまい、モタモタしていると土が固まってしまいます。慎重派、大雑把など、人の個性も現れてきます。
左官は、年月を重ねたからといって上手くなるものでは無いといわれます。土の性質を知り、体を使って覚え、経験を頼りに自分のモノにしてゆくのです。しかも職人の個性やセンスも関わってくる、体得するのは難しい世界なのです。
手仕事による多様性や味わいを持つ左官仕事は、すばらしい日本の文化です。しかし工業化の波により効率性や経済性が求められ、左官仕事は壁や床にモルタルを塗る作業に追いやられ、土壁は壁ではなくなりボードの上の表面仕上げとなってきました。建築から人の手による曖昧な部分が無くなり、奥深い不思議な世界が消えてゆきます。「ホンモノの仕事はどんどん減ってきている」と職人たちは嘆きます。
土を選び、スサを刻み、貝殻など混ぜ物を探し、自由に壁をつくることのできる左官の世界。コンクリートや吹付けの平滑な壁と違い、手の跡や年月を経た土壁の表情は私たちの五感に直接訴えかけてきます。
また土や漆喰は、自然素材そのものなのでテクスチャーの多様性はもとより、湿度をコントロールする調湿性、褪色しにくいという性質、蓄熱性に優れているなど数多くの性能を持っているのです。
今回の探訪では、左官職人さんたちの現場の話を聞き、実際に土を触り、人と建築が直に関わっていることを知り、その無限の可能性を考えるきっかけとなったのです。
実践的-家づくり学校より