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コラム

バリアフリーリノベーション

■ 視覚障害者が楽しめる住まい。

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目の不自由な建主さんが住まう家の全面リフォームを設計するという機会がありました。 敷地は郊外の住宅地、住まいと治療院からなる築45年の木造2階建て。住まい手はご両親と娘のhさん夫婦、子供の5人家族。hさんは子供の頃、破傷風が原因で視力を奪われ辛うじて明暗がわかる程度という状態です。住宅は老朽化が進み、次第に日々の生活に支障がでていました。またご両親もご高齢であるため、増改築が繰り返されチグハグになった間取り、家の中のアチコチにある段差、急な廻り階段など、住まいの中に危険な場所も多く、全面リフォームすることになりました。

ヒトは、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を通して情報を脳に伝え、感情を抱きます。そしてその情報の80%以上は、視覚から得られていると言われています。 デザインする場合においても、美しくバランスのとれたプロポーション、窓からの光や風景の取り入れ方、素材の対比やディテールなど、視覚に頼よっている部分が多くあります。視覚に障害があるhさんに、どのように住みやすさや居心地のよさを伝えるか、難しい課題となりました。 設計するにあたり、視覚障害者のための設計資料など探してみたのですが、なかなか思うようなものが見つかりません。バリアフリーや高齢者住宅などの資料は、いずれも寸法の基準や一般解なので安全基準は満たせますが、それが住みやすさに繋がるとは限らないのです。

改築前のご自宅に伺った時のことです。人によって空間の認識の仕方や感じ方が随分と違うのだな、と改めて考えさせられました。普段外では杖を持ち慎重に歩いていた目の不自由なSさんが、驚いたことに家の中では何の手助けもなくスタスタとを歩いているではありませんか。話を聞いてみると、完全に間取りを記憶しているとのことです。視覚以外の聴覚、触覚などは極めて敏感で、床や壁の肌触り匂いなどで居場所を確認していると言います。さらには歩く音の間隔や強弱の微妙な違いで、誰がどの場所から近づいてくるかわかり(足音で誰だか特定できる)、壁などに反射する風の流れでモノの位置関係がわかると言うのです。視覚に頼らなくても、体全体の感覚をフルに生かし空間をみることができるのです。普段、なかなか気がつかないような繊細な感覚が人には備わっています。五感で感じ取れる空間があるのだと、改めて考えてみるきっかけとなりました。

baria01 この計画では、増改築が繰返され住みづらくなった間取りを、安全かつシンプルで移動しやすい回遊性のあるプランに変更し、またバリアフリーは当然行うとして、それだけでなく、目が不自由でも素材の感触や手づくりによる空間を、五感で感じ楽しめるような住まいがテーマとなりました。まずは、シンプルで安全な動線の確保、敷地から住まいへと至る狭くて段差だらけだった玄関アプローチは緩いスロープとしました。深岩石にウォータジェットで凹凸を付け、滑りにくい加工とし、スロープの端には玉石を敷き、石を踏んだ時の音で境界を認識できるよう考えました。使いづらく導線も荷物で塞がれていた生活空間は大きなワンルームに、玄関からキッチン、ダイニング、リビング、と動きやすい回遊性あるプランに、2階への動線も一直線に移動できるように計画し直しました。そこに光や風が心地よく通り抜けるように、開口部を再調整してゆきます。そして直接手や足に触れる部分は、木、石、珪藻土、和紙など自然の素材を使い、触り心地が楽のしめるような工夫を考えました。床は、廊下、キッチン、リビングなど、それぞれの場所がより認識しやすいように、数種類の無垢材をパッチワークのように貼り分けました。さらにその表面を浮かび上がらせる「浮づくり」「なぐり」など木の表面に伝統的な表面加工方法を取り入れました。

緩やかに架けかえた階段の上り口や壁なども仕上げを変えてより認知しやすく、キッチンや収納家具などは、端部をアールに加工するなど安全で使いやすいように工夫しました。素材や仕上げ加工の違いにより場所を認知しやすいように、そしてその手触りや質感も楽しめる住まいとなりました。無垢の床材は、冬は暖かく夏はサラッとしていて気持ち良いものです。また珪藻土や和紙は、湿度を調整し室内環境をコントロールしてくれます。歩き心地や手触り、木の香りやそこに流れる風など、五感に感じるデザインは、目が不自由な人や高齢者のみならず一般の人にとっても、直接全身に居心地良さを感じさせてくれる住まいとなるのです。

新健ハウジング記事より

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