江戸時代、木曽街道は京都と江戸を結ぶ街道として重要な役割を果たしていた。楢川村奈良井は「木曽11宿」と呼ばれた10番目の宿場町。深い山中に有り、耕地に適する平坦な土地が無いため、旅籠以外の収入の道として、木曽の木をつかった漆塗りの技術が発展してきたのだ。
木曽アルテック社では、このような風土と歴史を今に生かし家具や建材、漆和紙などがつくられている。
「なるべく工業製品は使わない」「こんな時代だからこそ、システムや経済に負けづ自分で考えてつくる」「何百年と伝えられてきたものがあるんだから、今に生かす」、、、と夜中まで大いに語る斎藤氏。